深宇宙彫刻 DESPATCH
2013年9月、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が提供する、平成26年度秋季打上げ予定のH-IIA ロケット(主衛星「はやぶさ2」)に相乗りする小型副ペイロードとして「深宇宙彫刻 DESPATCH(*)」が選定されました。このペイロードは、ARTSATプロジェクトが、「芸術衛星 INVADER」に続いて提案したもので、地球脱出軌道によって深宇宙に放出される、包絡域の1 辺が約50cm 角、重量約 30kg の小型ペイロードです。
2014年12月3日、DESPATCHはH-IIA ロケット(主衛星「はやぶさ2」)に相乗りする小型副ペイロードとして打ち上げられ、世界で初めて深宇宙軌道に投入された、世界で最も遠い芸術作品となりました。また、世界各地のアマチュア無線家の協力により、我々は地球から470万km(月までの距離の約12倍)からの電波の受信に成功しました。これはアマチュア無線を使った通信距離の世界記録となります。DESPATCHは2015年1月3日に運用を終了しましたが、人工小惑星として半永久的に太陽の周りを回り続けます。運用結果について、詳しくは「DESPATCH運用終了のお知らせ」をご覧下さい。
(*) DEep SPace Amateur Troubadour’s Challenge (深宇宙アマチュア吟遊詩人の挑戦)
DESPATCHのミッション
DESPATCHには、芸術ミッションと技術ミッションがあります。 まず、DESPATCHは深宇宙に向けてロケットで放出される深宇宙芸術作品です。このフィジカルな芸術作品としてのペイロードを開発制作し、H-IIAロケットの小型副ペイロードとして地球脱出軌道に投入することで、深宇宙芸術作品としての「深宇宙彫刻」を制作実現することが第1の芸術ミッションです。
芸術作品としてのペイロードの中に、ARTSATプロジェクトが開発した、極限 環境用のミッションOBC(開発コード名MORIKAWA)を搭載します。ペイロードに設置された各種センサーを用いて、このMORIKAWAがアルゴリズミックに詩を生成し、それをCWビーコンとして送信します。 芸術家の分身としてのコードによる詩の生成と送信による「遠隔創造」の実験が、本プロジェクトの第2の芸術ミッションです。
深宇宙からの電波は、非常に微弱になります。そこで多摩美術大学に設置した地上局だけでなく、世界各地のアマチュア無線家に協力をお願いし、多数の受信局からの断片的な情報を地上で再結合する「協調ダイバーシティ通信」による共同受信を試みます。世界各地からの受信データをウェブやSNS(ソーシャル・ネットワーク)で共有することで統合し、ペイロードが深宇宙で生成した詩の内容のエラー訂正および復元を行うと共に、受信電波の方角やドップラーシフトの量を用いてその追尾と軌道予測を行います。このペイロードからの電波のソーシャルな共同受信が、本プロジェクトの第3の技術ミッションです。
芸術作品としての造形部はコンピュータでデザインされ、その制作には「3Dプリンタ」を用います。3Dプリンタによる造形に必要な数値形状モデルは、有限要素法による構造解析や熱解析、電磁気解析など、彫刻部の強度や温度、アンテナ機能の検討などの工学的解析にも活用します。3Dプリンタ制作物の宇宙機搭載実証を行い、それを一般の宇宙機の設計・製作手法の自由度拡大へとつなげていくことが、本プロジェクトの第4の技術ミッションです。
DESPATCH in Deep Space from artsat on Vimeo, created by Tsushima Takahiro.
CGI renderings of DESPATCH
DESPATCHの機能
上記のミッションを確実に実現するために、DESPATCHの機能は以下のような必要最小限のものとします。- 衛星が電波を連続送信する期間は地球脱出軌道に投入後、地球から約300万Kmの距離に到達するまでの約1週間とします。送信期間を短く設定することで、通信系の出力やアンテナの性能に対する設計目標を適切に設定することができ、必要な電源容量も少なく抑えることができます。
- 電源は1次電池のみとし、太陽電池や2次電池を搭載しません。従来の衛星や探査機の造形的特徴の多くを支配していた太陽電池パネルや巨大な通信アンテナが不要になれば、造形作品としてのペイロードの外観の自由度が飛躍的に高まると同時に、そのシステムも極めてシンプルになります。
- 通信はCWビーコンのみとし、その周波数はこれまでアマチュア衛星通信で広く使用されてきた430MHz帯を使用します。ペイロードは姿勢を制御しないため、CWビーコンの送信には指向性の低いモノポールアンテナを用います。ペイロードは自律的に機能し、無線の緊急停止以外に、地上からのコマンドアップリンクは行いません。搭載コンピュータや通信機、電池等は金属製の格納容器に収納され、それを包むような螺旋状の造形部を3Dプリンタで制作します。
DESPATCHの目標
プロジェクトの目標(サクセスレベル)は以下のように設定されています。- ミニマムサクセス:3Dプリンタで制作された芸術作品としてのペイロードの完成とその地球脱出軌道への投入
- フルサクセス:ペイロードからの生成詩の送信とその地上での共同受信(協調ダイバーシティ通信)および受信データからの軌道推定
- エクストラサクセス:地球から月往復77万km(アマチュア無線の最終目標と呼ばれる月面反射通信)以上離れた距離からの生成詩の共同受信
DESPATCHの開発体制
DESPATCHの開発制作は、芸術衛星INVADER同様に、その初期の段階から科学者、工学者、美術家、音楽家、デザイナーといったさまざまな分野の学生や専門家の手によって行われました。特に今回のプロジェクトの成否の鍵を握るペイロードの無線機については、「(株)西無線研究所」、構体の熱構造設計と制作に関しては「株式会社由紀精密」、そして3Dプリンタによる造形部については、「SOLIZE株式会社」といったスペシャリストの方々に、プロジェクトメンバーとして参加していただきました。HAM Information
Call Sign:JQ1ZNN
Downlink (CW Beacon, A1A)
- Frequency : 437.325[MHz]
- Transmitter Power : 7[W]
- Antenna : mono-pole antenna
- Protocol : Morse/Baudot code